大阪高等裁判所 昭和42年(ネ)358号 判決 1973年10月24日
控訴人
細木栄二
板倉叶
右両名訴訟代理人
井藤誉志雄
外二名
被控訴人
川崎重工業株式会社
右訴訟代理人
山田作之助
外三名
主文
1 原判決中、控訴人板倉叶の被控訴人に対する懲戒処分無効確認請求を棄却(同請求についての訴を却下)した部分を取消し、右部分につき本件を神戸地方裁判所に差し戻す。
2 控訴人板倉叶のその余の控訴ならびに控訴人細木栄二の控訴をいずれも棄却する。
3 控訴人細木栄二の慰藉料請求を棄却する。
4 第二項の部分に関する控訴費用は控訴人らの負担とし、前項の部分に関する当審における訴訟費用は控訴人細木栄二の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。(本位的請求)(1)被控訴人が昭和三六年六月二〇日付で控訴人細木栄二に対してした譴責、同月二一日付で控訴人板倉叶に対してした譴責は、いずれも無効であることを確認する。(2)被控訴人は控訴人らの労働者名簿中賞罰欄に記入された前項の譴責に関する部分を各抹消し、被控訴人発行の社報に前項の譴責が無効である旨を掲載せよ。(3)(当審における新たな請求)被控訴人は控訴人細木栄二に対し一〇万円を支払え。(予備的請求)(1)被控訴人は控訴人らに対しそれぞれ第一項の譴責が誤りであるから謝罪する旨の記事を前項の社報に通常の様式で一回掲載せよ。(2)被控訴人は控訴人らの労働者名簿中賞罰欄に記入された前記譴責に関する部分を抹消せよ。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却、控訴人細木栄二の当審における新たな請求棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張、証拠の提出援用認否は、左記のほか原判決記載と同一(ただし、原判決四枚目裏六行目の「必要を制限」を「必要な制限」と、同九枚目表二行目の「斉らさない」を「もたらさない」と改める)であるから、これを引用する。
(控訴人らの陳述)
一、控訴人細木は昭和四五年三月二六日満五六歳に達し就業規則二六条により同年六月三〇日付をもつて定年退職したが、これより先昭和三六年六月二〇日同控訴人に対し正当な理由なく、違法な譴責(その無効なことは既に述べたところである)をしたため、同控訴人は名誉を傷けられたばかりでなく、定年退職にあたり当然雇用延長、すなわち再雇用されるべきであるのに再雇用されず、精神的苦痛を被つたものである。同控訴人は、当審において新たに被控訴人に対しその被つた右不法行為による精神的苦痛の賠償、すなわち慰藉料として一〇万円の支払を求めるものである。なお被控訴人会社における雇用延長の制度は、定年退職者につき特別の理由のないかぎり再雇用されているものであつて、同控訴人は前記譴責その他の事由により再雇用されなかつたものである(甲第一四号証)。
二、控訴人らは本件譴責を受けるまで所属長から事実上の注意ないし警告を受けたことはない。本件譴責の理由とされ、控訴人らが違反したという文書掲示手続規程は、被控訴人会社の従業員のすべてに適用される定(規範)であつて、労働基準法八九条にいう就業規則に当るものである(同条一項一〇号)。したがつてその作成につき同条一項・同法九〇条に定める手続(労働組合の意見を聴し、かつ所轄労働基準監督署に届け出ること)を経なければならないにもかかわらず、被控訴人は右規程の作成につき所定の手続を経ておらず、右規程は無効のものといわねばならない。すると控訴人らは、「屡々規則に違反したとき」(就業規則七二条三号)に該当しないものというべきである。けだし右にいう「規則」が無効であるからである。
又、右規程は、すでに述べたように労働基準法三四条の休憩時間自由利用の定めに反するばかりでなく、憲法二一条二項の禁止する検閲を認めるものであつて無効のものである。もとより使用者には施設管理権、人事権があり、従業員の施設利用については限界があるけれども、右規程による制限は合理的な必要限度をこえているのであつて、休憩時間の自由利用を制限することは許されない。
(被控訴人の陳述)
一、控訴人細木は、昭和四五年三月二六日満五六歳に達し、被控訴人会社の就業規則二六条の規定に基づき同年六月三〇日付をもつて定年退職した同控訴人労働者名簿は、その日から三年の保存期間を経過した昭和四八年七月一日かぎり廃棄されるものである(労働基準法一〇九条)。したがつて、同控訴人は現在被控訴人会社の従業員ではないから前記譴責が無効であることの確認を受ける利益がない。また同控訴人はその労働者名簿中右譴責事項記載の抹消を訴求する利益もない。
二、控訴人細木は当審において、本位的請求として、新たに慰藉料請求を追加したが、右新請求は、同控訴人が定年退職の際雇用延長、すなわち再雇用されなかつたことによる損害の賠償としてするものであるから、その事実関係は本件譴責の無効確認請求の事実関係とは全く異るものであつて請求の基礎は同一でないばかりでなく、従来の請求についての審理はほとんど終つており、新請求について今後審理をするとすれば、著しく訴訟手続を遅滞させるものであるから、この新請求の追加的変更は許されるべきでない。
三、なお控訴人細木が定年退職するに当り雇用延長、すなわち再雇用されなかつたのは、同控訴人が被控訴人会社の定める雇用延長取扱要領第二条五号(「勤労意欲に欠け、勤務成績が不良の者」)に該当したためであつて、本件譴責を受けたためではない。
四、控訴人らの自認しているように、控訴人細木は昭和三六年一月初旬、三月下旬二回にわたつて、所管課長の承認を受けずに「運輸ニュース」を職場において配布し、控訴人板倉は昭和三五年中数回にわたつて所管課長の承認を受けずに「電熔ニュース」を職場において配布し、さらに所管課長の承認を受けずに昭和三四年から昭和三六年までの間に数回にわたつて「川造映サニュース」を、昭和三六年四月二四日「安全対策のためのアンケート」を職場において配布したのであるが、その配布はいずれも休憩時間中に行われている。ところで、本件譴責に先立つて控訴人らはいずれも文書配布について所属長の注意を受けている。すなわち、控訴人細木は昭和三六年一月初旬造船工作部船殻課鈴木運輸掛長富田慶喜から注意を受け、控訴人板倉は昭和三五年八月初旬同課熔接鉸鋲掛長寺井清から注意を受けた。にもかかわらず、控訴人らは、前記のようにその後も同様の文書配布をあえてしたので、諸般の事情が参酌されて本件譴責を受けるに至つたものである。
(証拠)略
理由
第一控訴人細木栄二の各請求について。
一懲戒処分無効確認請求について。
同控訴人は被控訴人会社の従業員であつたが、被控訴人が昭和三六年六月二〇日同控訴人に対し、同控訴人が職場において休憩時間中、所管課長の承認を受けずに二回にわたり「運輸ニュース」を配布したことが被控訴人会社の就業規則七二条三号に該当する旨の事由をもつて、懲戒たる譴責をしたこと、同控訴人が昭和四五年三月二六日満五六歳に達し同年六月三〇日かぎり定年退職したことは当事者間に争がない。
被控訴人は、同控訴人はすでに従業員たる地位を失つているから、本件譴責の無効確認判決を求める法律上の利益がないと主張するので考えてみる。
<証拠>によると、被控訴人会社は就業規則七一条において、懲戒は譴責、出勤停止および懲戒解雇の三種とし、譴責は始末書を提出せしめ将来を戒めると定め、同七二条において譴責事由の一として「勤務不良又は屡々規則に違反し会社の風紀秩序を紊したとき」と定めていることが認められる。およそ使用者は企業秩序維持のため労働者に対し就業に関する指揮命令権を有するものであるから、この秩序を紊す労働者に対し制裁を加えることができる(もつとも、制裁はその制裁が、労働者において精神的苦痛ないし経済的不利益を伴う場合は、法令、就業規則においてこれを定め、もしくは合意のある場合にかぎり許容される)。懲戒の一種として使用者が労働者に対して課する譴責は、使用者において企業秩序違反の事実を認定して懲戒権の存在を確認し、かつ将来同様の違反行為を繰返してはならない旨その将来を戒める観念の表示ないし宣言(確認行為)であるが、それは当該労働者に対し同時に、少くとも、労働者が当該秩序違反の事実を自認し、かつ将来これを繰返さない旨(不作為義務の確認)書面をもつて陳述すべき義務、すなわちいわゆる始末書の提出義務を負担せしめるものである。このような陳述義務は、当該労働者の是非弁別の判断、つまり良心に関するものであるから、その内容が企業秩序維持のため必要、かつ相当とされる範囲をこえるときは、良心の(不当な)制限にあたるものであつて許されないものというべきである。当該労働者はその(不当な)制限を受けない法的利益を有するものであり、このような陳述義務は法的義務であるといわねばならない(業務自体に関する義務でないことはいうまでもない)。前示就業規則七一条等はこのような法的な陳述義務を定めたものである。しかして前示始末書提出義務は就業規則の適用される従業員にのみ課せられるものであるから、従業員たる地位を失つた者にその提出義務がないことは明白である。したがつて定年退職した同控訴人は、始末書提出義務を有しない以上、本件譴責の無効であること、すなわち始末書提出義務のないことの確認判決を求める法律上の利益を有しないものといわなければならない。
同控訴人は、本件譴責の無効確認によつて、次期定期昇給の減額ないし停止事由、将来の懲戒の加重事由が除却される法的利益があると主張するけれども、同控訴人はすでに従業員たる地位を失つているのであるから、もはや定期昇給はもちろん懲戒を受けることもなく、右法的不利益存否確認の利益はないものといわねばならない(なお同控訴人の受領した退職金が本件譴責のため減額されたものであれば、その具体的金額を主張して争うほかはない)。
なお、法律行為ないし法律要件事実たる観念の表示行為の無効確認を求める趣旨は、端的にいうならば、それに基づく法律効果(法律関係)の存否の確認を求めるにほかならず、当該法律効果たる法律関係(権利・義務)存否確認の利益があれば足りるものであるから、同控訴人の申立にかかわる本件譴責の無効確認請求をもつて、単なる過去の事実の確認請求と解する被控訴人の主張は採用できない。また本件譴責の適否、したがつて前示始末書提出義務の存否についての紛争は、被控訴人会社の内部規律に任されるべき事項ではなく個人の具体的権利義務の存否についての法律上の争訟であるといわねばならない。
二労働者名簿訂正(一部抹消)請求について。
労働者名簿は、労働基準法が忠実に守られているか否かを、監督行政機関が把握するための手段の一つであつて、使用者はその記載事項に変更があつたときは、行政庁ないし国との関係において、遅滞なく訂正すべき同法上の義務を負担しているものであり、当該労働者との関係において、訂正義務を負担するものではない(同法一二〇条一号、一〇七条二項参照)。同控訴人の右請求は理由がない。
三社報公示請求・慰藉料請求・謝罪広告請求について。
同控訴人がその主張に係る文書を配布するにつき、あらかじめ所管課長の承認を求めなかつたことは当事者間に争がない。
(一)、同控訴人は、文書掲示手続規程は性質上就業規則であるにもかかわらず、被控訴人においてその作成にあたり労働組合の意見を聴かず、監督官庁に対しその届出をしておらず、無効のものであると主張するけれども、<証拠>によると、被控訴人は昭和三二年三月一日右規程作成にあたり被控訴人の過半数をこえる従業員より成る労働組合たる全日本造船労働組合川崎造船分会の執行部、すなわち同組合の意見を聴いたことが認められる<証拠判断省略>。監督行政庁に対する届出はその有効要件とは解せられない。同控訴人の右主張は採用できない。
(二)、同控訴人は、その主張の文書は休憩時間中に配布したものであつて、右規程は少くとも休憩時間中に配布される文書に関するかぎり無効であり、かつ憲法二一条に違反する無効のものであると主張するので考えてみる。右文書が休憩時間中に配布されたことは前記のとおりであつて、<証拠>によれば、右規程には、会社構内において、掲示、配布、撤布(以下掲示という)しようとする一切の文書の取扱はこの規程の定めによる(一条)、掲示することができる文書の内容は、(1)会社が必要とする通知事項、(2)教育、文化、体育、娯楽に関する事項、(3)クラブ、同好会その他従業員の親睦に関する事項、(4)右(2)・(3)に準ずる事項に該当するもののうち、所管課長が掲示することを適当と認めたものに限る(三条)、文書を掲示しようとするときは、あらかじめ所管課長の承認を受けなければならない(四条)、労働組合の掲示文書の取扱いについては、別に定めるところによる(九条)等定められていることが認められる。およそ労働者による使用者の設置した施設利用は、ほんらい、使用者の指揮命令の下における労務の提供、これに随伴する一定時間の休憩をも含む行為に必要な範囲において許容されているものである。したがつて企業秩序保持上認められる使用者の施設管理権を侵害する労働者の施設の利用は許されない。労働者の文書配布による施設の特別使用については、それが管理権を侵害するか否かの判断をあらかじめ使用者がなしうる機会が使用者に与えられなければならない。右規程において、文書の配布につきあらかじめ所轄課長の承認を要するとしたことは、労働者の休憩時間自由利用の趣旨に反するものではない。また憲法二一条の趣旨に反する公序違反の定めでもない。また右承認がえられなかつた場合、労働者としては、使用者の施設の外、たとえば門外において、その門を通つて出勤または退出する労働者に文書を配布して所期の目的を達することもできるというべきであつて、右規程による制限をもつて公序に反する違法無効のものということはできない。また<証拠>によれば、同控訴人は従前被控訴人会社の門外において文書を配布したことがあることが認められるのである。なお、<証拠>によると、右規程は作成当時被控訴人会社の社報に掲載しており従業員一般に知らせていることが認められ、就業規則として従業員に対する拘束力を有するものである。したがつてたとえたまたま同控訴人が右規程の内容を知つていなかつたとしても、その拘束力に影響はないといわねばならない。
(三)、前記文書が「労働組合の掲示文書」(前記規程九条)にあたらないものとする当裁判所の判断は、原判決理由中該当部分記載(原判決二一枚目表五行目から同裏二行目まで)と同一であるから、これを引用する。
四してみると、同控訴人が二回にわたる前記文書の配布につきあらかじめ所管課長の承認を求めなかつたことは就業規則七二条三号(「屡々規則に違反し」)に該当するものというべきである。そこで本件譴責の適否につき判断する。前記<証拠>によると、就業規則七〇条二項には、「反則が軽微であるか特に情状酌量の余地があるか又は改悛の情が明らかに認められるときは懲戒を免じ訓戒に止めることがある」旨定められていることが認められ、<証拠>によると、前記労働組合は前記文書の配布は組合活動ではなく同組合の統制を紊すものとする一方、被控訴人に対し(控訴人板倉叶に対しても)本件譴責をしないで訓戒にとどめられたい旨要望しており、同控訴人は(控訴人板倉も)同組合が右文書配布をもつて組合活動ではなくその統制を紊すものとしているばかりでなく被控訴人が本件譴責をした以上、今後このような文書配布はなすべきでないとしていることが認められる。すると控訴人細木の右規程違反は二回にわたる文書の配布であつて軽微であり、情状酌量の余地があるものというべく、就業規則七〇条二項により懲戒を免じ訓戒にとどめるのが相当であつたといわねばならない。すると本件譴責は、重きに失したものであつて、被控訴人はその裁量の範囲を逸脱したものというべく、したがつて同控訴人に対する本件譴責は無効というほかはない。すなわち同控訴人は譴責に基く前記陳述義務(始末書提出義務)を負担しないといわねばならない。しかし、このような情状酌量をなすべきか否かは、単なる事実の認定に関するものではなく微妙な価値判断であるから、被控訴人が情状酌量をせず、訓戒にとどめなかつたからといつて、直ちに注意義務を欠き過失があるものということはできない。したがつて不法行為は成立しないといわねばならない(被控訴人は同控訴人の慰藉料請求の追加的変更は請求の基礎を変更し、かつ訴訟手続を著しく遅滞させるものと主張するけれども、右請求の事実関係と新たな請求の事実関係とは、本件譴責を共通の要素としており、請求の基礎に変更がないばかりでなく、新請求の審理は特に日時を要するものではなく、著しく訴訟手続を遅滞させるものということはできない。被控訴人の右主張は採用できない)。
してみると、不法行為の成立を前提とする(なお、同控訴人主張の再雇用拒否の事実は、不法行為自体ではなく、損害の一態様であるとみられる)同控訴人の各請求は、爾余の点につき判断するまでもなく、いずれも理由がないものというべきである。
第二控訴人板倉叶の各請求について。
一懲戒処分無効確認請求について。
同控訴人は被控訴人会社の従業員であるが、被控訴人が昭和三六年六月二一日同控訴人に対し、同控訴人が所管課長の承認を受けずに数回にわたつて職場において休憩時間中に「電熔ニュース」、「川造映サニュース」、「安金対策のためのアンケート」を配布した(<証拠>によると、「電熔ニュース」は昭和三五年六月、七月、一二月中に計三回、「川造映サニュース」は昭和三四年五月中、昭和三五年一月、四月、一〇月、一二月、昭和三六年五月中に計六回、「安全対策のためのアンケート」は昭和三六年四月中に一回、それぞれ配布されていることが認められる)ことが、被控訴人会社の就業規則七二条三号等に該当する旨の事由をもつて、懲戒たる譴責をしたことは当事者間に争がない。
被控訴人は、本件譴責は被控訴人会社の内部規律にかかわる事項であつて、その適否についての紛争は法律上の争訟ではないと主張するけれども、本件譴責は後に述べるように、少くともいわゆる始末書の提出義務を被懲戒権者に課するものであつて、その適否は、被控訴人会社と対立する従業員個人の具体的権利義務の存否にかかわる事項であるから、被控訴人会社の自治ないし内部規律に任さるべきものではない。被控訴人の右主張は採用できない。
さらに被控訴人は、本件譴責無効確認請求についての訴は、単なる過去の事実の存否の確認の訴にすぎず、確認の利益を欠く不適法な訴であると主張するので検討する。本件譴責は、前記(第一、一)のように、使用者において当該労働者の企業秩序違反の事実を認定して具体的な懲戒権の存在を確認し、かつ将来再び同様の秩序違反行為を繰返してはならない旨のその将来を戒める観念の表示ないし宣言(確認行為)であるが、同時にそれによつて当該労働者に対し、少くとも、労働者が当該秩序違反の事実を自認し、かつ将来これを繰返さない旨(不作為義務の確認)書面をもつて陳述すべき義務、すなわちいわゆる始末書の提出義務を負担せしめるものである。このような陳述義務が法的義務であることは、前記(第一、一)のとおりである。しかして、本件譴責無効確認の訴は、本件譴責、すなわち法律要件事実たる観念の表示行為が有効であるとすれば、少くとも、それから生ずべき現在の前記陳述義務(いわゆる始末書の提出義務)が存在しないことの確認を求めるものと解され、同控訴人はかかる確認を求める法律上の利益があるものといわなければならない(確認の利益がないとした原判決中当該部分は失当)。被控訴人の右主張は採用できない。
二労働者名簿訂正(一部抹消)請求について。
同控訴人の右請求を理由がないとする判断は、前記(第一、二)のとおりである。
三社報公示請求・謝罪広告請求について。
同控訴人がその主張に係る文書を数回にわたり休憩時間中職場において配布するにつき所管課長の承認を求めなかつたことは当事者間に争がない。
前記文書掲示手続規程が有効であり、同控訴人配布に係る右文書が「労働組合の掲示文書」にあたらないものとする判断は、前記(第一、三、(一)、(二)、(三))のとおりである。そうすると、同控訴人の文書配布につきあらかじめ所管課長の承認を受ける手続をしなかつたこと(不作為)は、就業規則七二条三号に該当するものであつて、被控訴人が同控訴人に対し本件譴責をしたことは相当であるといわねばならない(同控訴人の、本件譴責は不当労働行為にあたる旨の主張を採用しない理由は、原判決二二枚目裏一一行目から二五行目表六行目までと同一であるから、これを引用する)。もつとも、前記(第一、四)のように、労働組合(前記川崎造船分会)は被控訴人に対し、同控訴人に対して譴責をせず、訓戒にとどめるよう要望しており、他方同控訴人は今後文書配布をなすべきではないとしているけれども、同控訴人は前記認定(第二、一冒頭の括弧内記載)のように、昭和三四年五月から昭和三六年五月までの間前後一〇回にわたり文書を配布するにあたり所管課長の承認を求めなかつたのであつて、情状酌量の余地はないというべきである。したがつて被控訴人が同控訴人に対してした本件譴責をもつて不法行為を構成するものということはできない。右不法行為の成立することを前提とする同控訴人の各請求は、いずれも理由がないというほかはない(なお、同控訴人は謝罪広告請求・労働者名簿訂正請求を、譴責無効確認請求に対する関係において、予備的請求としているが、前者と後者とは両立しうるものであるから、予備的請求併合の申立は無意味(無効)であつて、これを無視すべきものとする。したがつて単純併合であると解する)。
第三以上の次第で、控訴人細木栄二の当審における新たな請求はこれを棄却するべく、また同控訴人の本件控訴はこれを棄却すべきものとし、原判決中、控訴人板倉叶の譴責無効確認請求を棄却(同請求についての訴却下)した部分を取消し、これを原審に差し戻すこととし、同控訴人のその余の請求についての部分の本件控訴を棄却することとする。
よつて、民訴法三八八条、三八四条、九五条、八九条、九三条を適用し主文のとおり判決する。
(山内敏彦 阪井昱朗 宮地英雄)